2008年01月10日

[読了] 対談 文学と人生(森敦・共著)


独自の創作理論を打ち立てた、二大巨人による実践的文学論。 (帯)
独自の文学世界を打ち立てた二大巨人-------小島信夫、森敦による長篇対談。昭和二十年代半ばからの知己である二人が、これまでの交遊を振り返りつつ、創作理論の<現在>を縦横に語り合う。悲劇と喜劇、内部と外部、小説におけるモデル問題、夢と幻想、演劇論等、多岐にわたるテーマを通して、二人の文学の根柢に迫るスリリングでアットホームな試み。幻の未刊長篇対談、待望の文庫化。 (裏表紙)
各章に小島信夫の「追記」が付されているのだが、とにかくこれが面白くて仕方ない。途中から「追記」を読むために本編を読んでいるような気分になってくる。決して本編がつまらないというわけではなく、むしろ読み応えのある濃密な対談なのだが、おそらくこの対談集の性質は「追記」の有無で随分変わってしまうのではないかと思う。
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2007年12月14日

[読了] 小島信夫 - ファルスの複層(千石英世・著)

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今日の文学状況にあって、明確な社会意識と個の意識との葛藤と結合により、自己批評のあざやかな軌跡をしるす小島信夫作品群。「別れる理由」にいたるその過程に沿って、小説とは何かを問う、「群像」新人賞受賞作を含む、気鋭の第一評論集。 (帯)
収録作は以下の通り。カッコ内には初出を記した。

:: ファルスの複層―『別れる理由』(群像 1983年6月号)
:: 姦通という再生―『別れる理由』のために(講談社『別れる理由』附録 1982年7〜9月)
:: 匂いの迷路―『女流』を読む(群像 1983年10月号)
:: 返事のない手紙―『菅野満子の手紙』をめぐって(群像 1986年5月号・7月号)
:: 予言と虚構と―『寓話』について(週刊読書人 1987年6月15日号)
:: 主婦のアイロニー―『静温な日々』について(群像 1987年6月号)
:: 最後の性―『抱擁家族』における神の問題(『小島信夫をめぐる文学の現在』 1985年7月)
:: 歩み出た者の光景―『別れる理由』(文学空間・第7号 1982年6月)
:: ファルスからファルスへ(本 1983年2月号)

これらの作品に、初期短編などについて言及した新規評論や追悼文などを追加した増補版が、「小島信夫 - 暗示の文学、鼓舞する寓話」である。

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2007年12月09日

[購入] 美濃

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吉祥寺の古本SHOP「百年」店主が、大市にてなんと小島信夫を38冊落札したという情報をブログで知り、さらに、『残酷日記』などめずらしいのもあります、という言葉に僕の期待値は沸点まで高まり、いてもたってもいられず昨晩吉祥寺へ足を運んだのだけど、お店はイベントの都合で19時で閉店してしまっていて、肩を落として家路に着く僕をなだめる妻の賛助もあって、本日再び出向くことになった。

店内に入ってすぐ左手の棚にそれらは並べられていて、次の瞬間グラリと揺れたのでまた地震かと思ったのだが、揺れているのは僕ひとりであって、つまり今まで見たことのない圧倒的光景に眩暈がしたのであった。僕はそこに15分ほど張り付いたままで、棚の左から順に一冊ずつ値段とコンディションなどを確認するのだが、なにせ人気店のために他のお客さんの出入りも頻繁で、その邪魔にならないように身をこなさなくてはならず、恍惚とした表情で頁を繰る僕の所作も途切れ途切れになってしまうのだが、結局すべて確認し終えたところで妻とも相談し、傑作の誉れ高き「美濃」を購入することを決めた。

別れる理由(全3巻)、ハッピネス、釣堀池、残酷日記、愛の告白、アメリカンスクール、私の作家評伝、うるわしき日々、こよなく愛した、各務原・名古屋・国立、一寸さきは闇、どちらでも、墓碑銘、文学断章、そして美濃。その他とても書き切れぬ在庫タイトルをここで延々と並べたところでこのブログの数少ない読者にはまったく退屈以外のなにものでもなく、こうして小島信夫の文体の下手なモノマネを衆目に晒すのも故人への冒涜かと思われるかもしれぬ。しかし、おそらくこれまでの人生でもっとも高額な一冊となった「美濃」を手に、同じ小島信夫好きの店主と二言三言語らい、帰宅後、一気呵成に第1章を読み終えてしまった僕の心のどこかには、なぜだかわからぬがそうせずにはいられない衝動のようなものが絶え間なく渦巻いているのである。
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2007年12月07日

[購入] 小説の楽しみ/書簡文学論

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[Amazon: 小説の楽しみ / 書簡文学論]

仕事が長引き帰りが遅くなりそうだったので妻にリブロで買い物を頼むことにした。文庫化されたばかりの村上春樹の短編集「東京奇譚集」と、半ば惰性で買い続けている「機動戦士ガンダムTHE ORIGIN」の最新刊。そして夕方頃だろうか、妻からメールが届いた。

> 挫折。ガンダム探せず。
> マンガ売場をウロウロしていたら変な汗出てきた。ごめん。


申し訳ないことをしたと思う。妻はマンガ売場にほとんど「免疫」がないのである。決してマンガが苦手というわけではないらしいのだが、独特の空気に気圧されるのだろう。膨大な数の新刊コミックが積まれた売場から「ガンダム」の表紙を識別することは、マンガ売場を回遊するコツというか、ある程度の慣れがないと実に難儀な作業に違いない。結局、僕が会社帰りに立ち寄って購入することにした。

「東京奇譚集」「ガンダムTHE ORIGIN」とも無事に発見し、さらに先月発売された新作たまごっち「ふぁみたま」の攻略本と、小島信夫の新刊「小説の楽しみ」「書簡文学論」も一緒に買った。「小説の楽しみ」は最後の1冊であった。ポイント2倍期間だからなのかレジには長蛇の列で、会計を済ますまでだいぶ待たされた。合計金額を見ると妻に買い物を頼んだときの5倍以上に膨れ上がっている。変な汗が出てきた。

家に帰ってワイシャツを脱ぐと、Tシャツが裏返しだった。
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2007年09月16日

[読了] 月光・暮坂 - 小島信夫後期作品集


物語のあらゆるコードから逸脱し続ける作品世界 (帯)
かつての作品の引用から、実在する家族や郷里の友人らとの関係のなかから、ひとつの物語が別の物語を生み出し、常に物語が増殖しつづける<開かれた>小説の世界。<思考の生理>によって形造られる作品は、自由闊達に動きながらも、完結することを拒み、いつしか混沌へと反転していく。メタ・フィクションともいえる実験的試み九篇を、『別れる理由』以降の作品を中心に自選。 (裏表紙)
後期の代表的な短編を集めた自選短編集。収録作は以下のとおり。

:: 返信(群像 1981年10月号)
:: 月光(群像 1982年4月号)
:: 合掌(群像 1983年1月号)
:: 白昼夢(群像 1983年11月号)
:: 落花の舞(群像 1988年6月号)
:: ブルーノ・タウトの椅子(文学界 1989年3月号)
:: 暮坂(群像 1994年2月号、5月号)
:: 天南星(文学界 1994年2月号)
:: その一週間(群像 1996年1月号)

練りこまれた構築美や展開の妙といったものとは全く無縁の(もしくは全く無縁であると思わせてしまう)小島文学の妙味を堪能できる作品ばかりが収められている。庄野潤三とのエピソードなどが盛り込まれた「暮坂」が白眉。「月光」のグルーヴ感もすごい。小島信夫は死ぬまで歩を止めず成長を続けた作家のひとりであり、晩年になればなるほど面白い小説を書いたのではないだろうか。この後期作品集を読むと漠然とではあるがそう実感せざるを得ない。意識しているのか無意識なのか、流れているのか流れていないのか。分析だけでは絶対にたどり着けない情念のような領域を彼はいつでも読み手に投げかけてくる。
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2007年09月11日

[購入] 墓碑銘



池袋リブロにて小島信夫の新刊「墓碑銘」を購入。

会計を済ませて振り返ると「墓碑銘」を手に取り一心不乱に目を落としている男性がいた。もしやねじまき鳥ひろニクルさんではないだろうかと、僕はほとんど直感的にそう思った。次の瞬間、彼の姿は売場にはなかった。購入したかどうかはわからない。

僕は、彼がいなくなると何か安心したように、一挙に大変な速さで少年時代から幼い頃へとさかのぼり、そのあたりのところに、自分が停滞するというか、そんな状態に見舞われた。その時代から、ゆっくりと先へ進みはじめ、不意に彼がカチンと音を立てる。

我に返ると、それがほかならぬこの僕であった。
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2007年08月15日

[読了] 文章読本(吉行淳之介・選)



「文學界」1956年8月号に掲載された小島信夫「わが精神の姿勢」を収録。自らの文体について以下のような言及があり、実に興味深い内容となっている。
私は、噛みつくような、訥々とした、脚の冷えていそうな、それからヘントウ腺の肥大していそうな、なげやりな文章をかく。
伊藤整に見やぶられたが、私の文体には嘉村が潜んでいる。私は梶井の描写の正確さと象徴に若い頃夢中になったが、まったく自分の無能に絶望したものだ。
私は私の視覚と皮膚で書いてきた。
ヘントウ腺の肥大。私小説の極北である嘉村礒多の潜む文体。つまり、小島信夫のゴワゴワとした文体は「皮膚」で書かれているからこそ肉的であり、あの不気味な「ぬめり」が生まれているといえるのかもしれない。
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2007年08月07日

[読了] うるわしき日々


八十を過ぎた老作家は、作者自身を思わせて、五十過ぎの重度アルコール中毒の息子の世話に奮闘する。再婚の妻は血のつながらぬ息子の看病に疲れて、健忘症になってしまう。作者は、転院のため新しい病院を探し歩く己れの日常を、時にユーモラスなまでの開かれた心で読者に逐一説明をする。複雑な現代の家族と老いのテーマを、私小説を越えた自在の面白さで描く。『抱擁家族』の世界の三十年後の姿。(裏表紙)
新聞連載小説としてはおそらく世界最高齢であろうか。その畏敬を抜きにしても、ただただすごい小説かもしれない。僕の貧相な語彙を晒してもなお、すごいかもしれないといった一語でしか語れない。飄々とした小島信夫独特の語り口で老夫婦の哀切が丹念に綴られていくのだが、こちらが油断すると、85歳の老作家の生得的なエネルギーに一瞬で飲み込まれてしまう。絡め取られてしまう。「三輪俊介は小島信夫にそっくりであるが、何といっても小島信夫そのものではない」といった小島節も健在で、メタ・フィクションなんて言葉さえ陳腐に空々しく響いてくるほど、新鮮な驚きといきいきとした魅力をたたえた傑作である。読売文学賞受賞。
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2007年08月06日

[新刊] 墓碑銘



やはり講談社文芸文庫はこじのぶファン最後の希望である。

「抱擁家族」、「殉教・微笑」、「ワインズバーグ・オハイオ」(翻訳)、「うるわしき日々」、「対談・文学と人生」、「月光・暮坂 小島信夫後期作品集」に続き、今年9月に「墓碑銘」が発売されることになった。この快挙に心から喝采を送りたい。

絶版だらけの小島信夫のカタログがじわじわと充実してくることに、僕は奇妙な快感を覚える。あの「ぬめり」のある文章が意志を持ち、日本地図にぐるぐると巻きついていく。それみたことか、と思う。

以前、保坂和志は小島作品の復刊について、以下のように述べている。
絶版を復刊させるにはまずは当面入手可能な本を買うところからしか始まらないのではないか? 今ある本が売れずに残っているのに、絶版を復刊させようなんて出版社は考えない。だから、まずは今読める本を買う。それしかない。
まったくその通りだと思う。僕は「抱擁家族」も「殉教・微笑」も「うるわしき日々」も新品で買った。絶版で入手困難なもの以外は、古本ではなくすべて新品で購入している。小島作品は読み手の想念を吸収するのだ。新品状態の本を読み込んでいくことで自分だけのものになっていく。

「墓碑銘」は9月10日発売。税込定価1,470円。
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2007年07月17日

[読了] 小銃


軍隊生活の失意のどん底で、望郷の思いをたくした小銃とのめぐり会いをユーモアをまじえて描いた表題作。アメリカン・スクールを見学にでかける教員たちの集団に、戦後の戯画化された人間像を映し、植民地化された日本への風刺をきかせた芥川賞受賞作「アメリカン・スクール」他、独自の文学領域を開拓した著者の初期短篇九篇を収録。 (裏表紙)
初期の代表的な短編を集めた短編集。収録作は以下のとおり。

:: 凧
:: 死ぬと云うことは偉大なことなので
:: 小銃
:: 雨の山
:: 吃音学院
:: 殉教
:: アメリカン・スクール
:: 愛の完結
:: 黒い炎

七夕の夜。吉祥寺の古書店で集英社文庫版「小銃」を発見。あまりの嬉しさから会計時に店主にお礼を言う。「気付いていただいて嬉しいです。小島信夫、面白いですよね」と店主。

講談社文芸文庫から刊行中の短編集「殉教・微笑」と収録作品は半分以上かぶるのだが、この集英社文庫版「小銃」の最大の収穫は、なんといっても傑作短編「凧」が読めることに尽きる。オリジナル版の「凧」は小島信夫の膨大な著作の中で最も入手が難しい一冊として知られており、ごく稀に古書店に出回ったとしても、平均相場はおそらく10万円は下らないという逸品。とても手が届くような値段ではないので、気軽に文庫で読めるのは本当に嬉しい。帰宅後、吸い込まれるように「凧」を読み終えてしまった。縦横無尽に展開する小島節。やはり彼の文章にはドラッギーな快感がある。これほど「面白い」小説を書いた人でありながら、絶版で読めない作品が多過ぎる。あまりに残念なことだ。
posted by ノジマコブオ at 00:00| 読了