2009年11月07日

[読了] 残光(新潮文庫)

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九十歳作家の遺作、そして最高傑作!
「アメリカン・スクール」「抱擁家族」の著者の文学的到達点がここに。 (帯)
最高傑作かどうかはもちろん読む人それぞれが決めることであるが、死ぬまでペースを落とすことなく旺盛な作家活動を続け、いわゆる「余生」など皆無だった作家ゆえ、遺作となったこの小説が文字通り小島文学の「到達点」であるという見方は間違いではないだろう。

今回の「残光」文庫化は快挙といっていいと思うし、講談社文芸文庫よりも気軽に手にとることができる新潮文庫のラインナップに加わったことは、小島信夫の一読者として素直に嬉しく思うのだが、ささやかな不安がないといえばウソになる。起承転結整理整頓品行方正な現代小説に読み慣れた読書は、冒頭の2〜3ページを読んだだけで、レトリックの破綻&メタメタな暴走っぷりに「なんだこりゃ?」とそれ以上ページを繰ることをやめてしまうかもしれない。たとえば30ページのこの箇所。
・・・小島信夫はそんなこといっていたんでしょう」
と山本夫人はいったと思う。
と小島信夫は法政大学の大学院研究棟の七階でいった。
あるいは218ページのこの箇所。
・・・なるほど、となっとくがいく。というようなことが、私の記憶では『菅野満子の手紙』で、今まで活字になったところでいわれている、と筆者(わたし)が書いておいでです。
該当箇所を書き写しながら再読している僕も正直いってわけがわからない。ゴツゴツして読みにくく、頭にすんなり入ってこないこれらのレトリックは小島信夫ファンにとっては当たり前のお約束であるが、初めて小島信夫に触れる読者にとっては「残光」はハードルが高いようにも思う。誤解しないでほしいのだが、僕は小島信夫を読む人の特権性についてあれこれ言っているのではない。小説というものは誰に対しても常に開かれたものであり、どんな読者をも拒むことはないということは承知の上で、あえて彼の作品を楽しむためには、読み方の「コツ」とある程度の「慣れ」が必要であると断言するのだ。

池袋駅構内は、JR線・地下鉄各線・西武線・東武線それぞれの利用者の動線が全く定まっておらず、制御不能の無秩序状態である。誰もが異口同音に歩きにくいと言う。しかしそれはつまるところ「コツ」と「慣れ」の問題なのだ、と池袋駅利用歴14年の僕は思う。あるときは強行に人々の流れに逆らい、またあるときは流されるまま流されてみる・・・。小島信夫の文学は決して「右側通行にご協力下さい」というタイプのものではないのである。

足下がおぼつかなくなり自宅近くで転倒して頭が血だらけになった作者が、助けに来た娘さんに抱きかかえられながら唐突に“小島信夫文学賞の審査員に「大庭さん」や「保坂さん」を推挙する”と話す場面が第一章にある。頭部を強打したことが原因のうわごとなのかと思いきや、小島信夫は“娘には私が何をいっているのか全く分からないということは知っていながら”発言しているのだ。ある種の深刻さの中に突如として挿入される滑稽さ。その構図は、風呂で倒れて意識不明になった平山草太郎が倒れながらも絵筆を中空に走らせていたという「美濃」の一場面を想起させる。

第二章は、保坂和志氏とのトークイベントをきっかけとした過去作品の「読み直し」作業が中心となる。その中でも大きくページは割かれていなかったが、短篇「天南星」についての作者の発言が印象に残った。「この小説は気に入る方にぜんぜん入っていなかった。ところが、読んでいるうちにこれはたいへん魅力的な作品であるような気がして、どうして今そういう気がしてきたのか、考えてもよく分らない」。そこで僕は講談社文芸文庫「小島信夫後期作品集」を久しぶりに本棚から抜き取り、後ろの方に収録されている「天南星」を読み返してみたが、これはズバリ面白い小説であった。ちなみに「小島信夫後期作品集」は“自選”短篇集である。

第三章もしばらくは「読み直し」が続くが、程なく訪れるラストシーンで、「仏像のように何もかも動かな」い愛子さんを前に作者は落涙する。小島作品には主人公が泣く場面はそれほど多くないように思う。決して主人公が無感情というわけではないが、どこか主人公が自分自身を客体化しているような視線が常にあり、作者は安易に涙を流させることをしないのである。だからこそ、「残光」や「うるわしき日々」で見られる涙はあまりにも哀切で、重い。

あとがきでは「ぼくは出版社からまとまった長さの作品を約束させられた。ぼくは今を乗りきるために約束の小説をはじめるよりほかになかった。もはや妻には直接、手をさしのべることはないのだから」と述べる。長い作家生活の末に到達した境地、また小島信夫という難問に対する作者からの回答が、このセンテンスに集約されているのではないだろうか。

蛇足だが、文庫版解説はY・Tこと山崎勉氏が担当された。僕の予想は大ハズレであった。
posted by ノジマコブオ at 00:00| 読了