2008年05月20日

[読了] 墓碑銘


日米混血の日本兵、その壮絶な自己喪失の過程を描く。 (帯)
アメリカ人の父親と日本人の母親の許に生まれたトーマス・アンダーソンこと浜仲富夫。日米開戦を機に、日本人として生きることを強いられる。坊主頭で国民服を着、剣道を習い、国策映画では悪役アメリカ人を演ずる。そして入営。青い眼の初年兵は、異父妹への想いを支えに、軍隊生活のつらさに耐える。山西省から米兵と対峙するレイテ島に転進。極限状況の中でアイデンティティを問う、戦争文学の白眉。 (裏表紙)
主人公の「私」は日本人ハマナカトミオであり、アメリカ人トーマス・アンダーソンである。アメリカ人の外見を持つ日本兵としての苦悩、ときに激しく振幅する感情は、ついに脱走を試みるまでに至る。しかし異父妹である良子との相姦以降、何かが吹っ切れたように、迷いなく「日本人」としての呼吸をしはじめる。

物語の終盤、浜仲が軍隊手帖に英文で書き綴ったらしいメモが驚くべきスピード感と衝撃を持って我々の前に提示される(気がつくと僕はその場面を息を止めて読んでいた)。小隊が壊滅状態となり「ハマナカ、カイサン」という上長の言葉から当てのない逃避行、唐突に訪れるラストシーンはあまりに哀切な名場面だ。浜仲の最後の叫びは、すでに日本人として呼吸をしていたはずの「ハマナカトミオ」という存在意義を一挙に解体させるショッキングなものであった。この物語を通してハマナカの心と身体を通り過ぎていったものは何だったのだろう。何が変わったのか。何も変わってはいないんじゃないか。すべてが振り出しに戻っただけなんじゃないか。

その他、個人的に強く印象に残ったのは、朝丸という名の軍馬と、その朝丸を寵愛する神岡という男である。戦いの最中、隊長から馬を殺す命令が下り、神岡は「すこしも躊躇せずに」射殺して海へ沈める。その神岡も爆撃で破片となる。それぞれが物語から無雑作に退場していく様は、「日本軍=馬、米軍=戦車」という対比とあいまって、どこか象徴的ですらある。

よもや朝丸は五郎ではあるまい・・・。
posted by ノジマコブオ at 00:00| 読了